平山秀幸監督作品『しゃべれどもしゃべれども』2007年09月09日 23時25分29秒

失敗作かな。

等身大というより“身の丈”という言葉を選んでこの映画へのスタンスを示した平山監督の意図は分からないでもないが、そのわりに行間の描写が不十分で、物語の枠組みしか示せていない。この責任は、たぶん監督にあるのではないかと思っている。

9月7日@津大門シネマ

佐藤祐市監督作品『キサラギ』2007年09月10日 00時01分13秒

元は舞台劇だったという古沢良太(『ALWAYS~三丁目の夕日』もこの人)の脚本がよくできている。評判どおりの優れた一幕モノ。

ネット仲間のオフ会を舞台に、B級アイドルの死の真相を巡る推理劇の中で、集まった男たちの隠された素性が明らかになっていく。展開はめまぐるしいが、主催者である“家元”のポジションが徐々に変化して行く過程がしっかり描かれているから、物語全体に安定感がある。

伏線があらわに過ぎる部分もなくはないが、前作『シムソンズ』同様、佐藤監督の気負いのない演出が好ましい。

9月9日@四日市中映シネマックス

山下敦弘監督作品『松ヶ根乱射事件』2007年09月11日 00時03分48秒

『リンダリンダリンダ』も好きだったが。この作品の方が山下監督の真骨頂なんだろうな。いかにもつまらなそうな、そしてどこにでもありそうな田舎町を舞台に、どうしようもなくダメな人々の、共感できないダークな所業がおマヌケに繰り広げられるのだが、そこに不快感が全くないのが独特。

曲者キャストたちの演技にも見どころが多いが、久々に見た川越美和がとりわけ印象的だった。浮き沈みの激しいキャリアの人だが、しぶとく生き残ってたんだなぁ。その歴史あってこその怪演か。

ラストシーン、史上最も情けない“乱射事件”場面もかなりgood。

ここのところ、足繁く通った四日市中映シネマックスが今月限りで閉館。いいラインナップだったのに、残念。

9月9日@四日市中映シネマックス

歌舞伎座秀山祭九月大歌舞伎〔夜の部〕2007年09月18日 23時51分13秒

玉三郎の『阿古屋』を観るのは平成9年国立劇場、同10年の松竹座以来なので久しぶり(その後の歌舞伎座などでの上演は見逃している)。初演から10年、玉三郎が経験を重ねてきたこともあろうが、歌舞伎座という空間ならではの雰囲気が、当代の当たり芸にいっそうの輝きを与えているように感じられた。吉右衛門初役の重忠が舞台をひと回り大きくし、熟練の段四郎の岩永、さわやかな染五郎の榛沢と役者が揃い、充実の一幕。

『身替座禅』。團十郎の山陰右京、左團次の奥方玉の井、染五郎の太郎冠者と愛嬌のある人気役者が揃い観客は大喜び。腰元千枝・小枝に家橘・右之助。ベテラン二人の可愛らしさには脱帽。

“秀山”こと初代吉右衛門の当たり芸『二條城の清正』はパス。播磨屋には申し訳ないが、無理して観るほど好きな演目じゃないのだ。

所見日:9月14日

長塚圭史作・演出『ドラクル GOD FEARING DRACUL』2007年09月19日 22時34分17秒

シアターコクーンが仕掛けた、長塚圭史×市川海老蔵の新作。

タイトルどおりの吸血鬼モノだが、ルーマニアのそれではなく、フランスに実在したジル・ド・レイ公を吸血鬼に見立てて紡いだ“神に祈る悪魔”の物語。昨年の『信長』で不発に終わった“神殺しキャラ”としての海老蔵、今回は半歩前進かな? しかし芝居作りとしては、海老蔵に“歌舞伎ではやらないこと”をさせようとした長塚の狙いは逆だと思う。今の海老蔵なら、歌舞伎俳優として持っている魅力を最大限に発揮させるほうが効果的ではないか。まあ、そうした仕事は新感線“いのうえ歌舞伎”に期待すべきかもしれないが。

むしろこの舞台の収穫は、リリスを演じた宮沢りえだろう。美しき聖女の隠された深い傷、それは夫の意思により夫の胤ではない子を身籠ったという過去――。いたましい悲劇と、それに続くさらに衝撃的な自らの罪を彼女が告白する場面は、圧倒的に観る者の心に迫る。野田地図『ロープ』に続き、傑出した演技である。

9月16日@シアターコクーン