虚構の劇団『エゴ・サーチ』 ― 2010年10月01日 21時43分14秒

鴻上尚史が若手と立ち上げた劇団の第5回公演。私は今回が初見。紀伊國屋ホールの受付には遠来の観客が預けたと思しきキャリーバッグがいくつか。親子連れも目立つ。かつての第三舞台ファンが多いということだろう。

TwitterやUstream等の新しいネットメディアも絡めてはいるが、芯にあるのはラブストーリー。第三舞台がブレイクしていた頃のような勢いこそないが、KOKAMI@network等のプロデュース公演よりも鴻上らしさが真っ直ぐに出ているような気がする。彼の作品は必ずしもプロの役者たちの経験に裏付けられた演技力を必要とするものではないのだろう。日常から現実感がそぎ落とされていくような情報化社会の中で戸惑う、やや純真すぎる若者たち(それは80年代にも現在にも存在する)――、彼らにとっての教育者というのが、鴻上尚史に最もふさわしいポジションなのかなと思った。

9月19日@紀伊國屋ホール

野田地図番外公演『表へ出ろいっ!』 ― 2010年10月02日 00時42分13秒

野田秀樹と中村勘三郎が初めて役者同士として共演。二人は夫婦役(勘三郎が夫で野田が妻)で、これにオーディションで選ばれたWキャストの娘役が加わる三人芝居(私が観た回は黒木華が出演。もう一人の太田緑ロランスがスタッフ席にいるのが見えた)。

スペシャル級の役者二人が、互いに遠慮なくアクセル全開で飛ばしまくるパフォーマンスは圧巻。その丁々発止のやり取りに新人の黒木が負けずについていったのにはびっくり。

冒頭から笑いっぱなしの舞台が、中盤以降シフトチェンジ。ドタバタを演じていた家族の諍いが次第にエスカレートし、この作品が先に上演された『ザ・キャラクター』のスピンオフであることも明らかになる。さらなる狂騒の果て、極限状況へ追い込まれて行く三人。この小さな家族は私たちの世界の縮図だ。

9月21日@東京芸術劇場小ホール

蜷川幸雄演出/さいたまゴールドシアター『聖地』 ― 2010年10月03日 00時07分13秒

傑作『アンドゥ家の一夜』から1年4ヶ月ぶりの新作は、新鋭劇作家(と言ってももう37歳だそうだが)松井周の書き下ろし。これもまた堂々たる舞台。充実した3時間20分である。

安楽死法が制定された近未来、元B級アイドルの不審死を契機に再結集した元ファンクラブのメンバーが、彼女が死んだ老人ホームを占拠し「聖地」を宣言する。2008年の全キャン連同窓会がひとつのヒントになっているのかとも思うが、この設定がゴールドシアター役者陣のリアルに老いた肉体と、まだその齢には(少し?)満たない私自身をスムーズに重ね合わせてくれる。

年の離れた劇作家に、深い洞察と想像力の飛距離を求める高齢の役者たちの身体。世界に類を見ないスピードで高齢化が進む日本だからこそ生み出せた芝居なのかも。これぞ COOL JAPAN。

9月20日@彩の国さいたま芸術劇場小ホール

佐藤寿保監督作品『名前のない女たち』 ― 2010年10月06日 23時13分26秒

企画モノAV女優という現代の暗渠のような世界に取材したドキュメンタリーが原作らしい。オープニングからそれを象徴するかのような渋谷川の映像。なかなか期待させる滑り出しだったのだが、物語が始まると登場人物たちが思いの他ステレオタイプ、筋立ても平板で残念な出来。もうちょっとなんとかならなかったのか。

映画後半で、暴発したストーカーを睨み返す瞬間のヒロインの眼差しの強靭さは印象的だった。リアルで日常的な描写よりもこうした映像でこそ力を発揮する監督なのかもしれない。

9月23日@名古屋シネマスコーレ

平田オリザ+石黒浩研究室 アンドロイド演劇『さようなら』 ― 2010年10月07日 00時48分00秒

8月にあいちトリエンナーレ2010のオープニングを飾ったロボット演劇『森の奥』の好評を受け、並行して取組んでいたアンドロイド演劇が急遽、上演されることになった。あいちトリエンナーレの英断に拍手。

『森の奥』はロボット然とした wakamaru が登場したが、今回は人間そっくりの“ジェミノイドF”(オリエント工業のラブドールを想起してしまったが)が出演。青年団のマルチリンガルな白人女優ブライアリー・ロングとの二人芝居である。ロングが死を間近にした女性を演じ、ジェミノイドは彼女のために詩を読むアンドロイドとして舞台に立つ。

と言ってもジェミノイドはほとんど動けない。そういう機能はまだないのだ。だが、別室の役者(井上三奈子:青年団)が演じている表情や小さなしぐさをデータとして受け、そのまま再現することができる。文楽のようなク・ナウカのような二人羽織のような仕掛け。声は井上のセリフがそのまま流される。

ジェミノイドは実在の日本人女性をモデルに作られているので日本人に見える。ロングは外国人然とした風貌で日本語もいかにも外国人的な不自然さがある。彼女を相手役に起用したのは海外上演も見据えてのことだろうが、日本での上演で私たち日本人が観ると、ジェミノイドとロングのどちらが近しい存在なのか分らなくなるという効果もあったように思う。

20分間の上演の後、平田オリザと石黒浩によるアフタートークが30分。これも面白かった。このプロジェクトがさらに進めば、演劇あるいは人間についての根源的な認識がもっともっと揺さぶられるだろう。

9月30日@愛知県芸術劇場小ホール