守屋健太郎監督作品『シーサイドモーテル』2010年06月18日 22時34分00秒

うーん、いまいち。

そこそこ魅力ある俳優を多数そろえている割には面白くない。それぞれが持てる力の55%くらいしか発揮できていない。監督と脚本の責任だと思う。

6月13日@センチュリーシネマ

塚本晋也監督作品『鉄男 THE BULLET MAN』2010年06月21日 14時04分48秒

塚本晋也の代表作の世界向けバージョン(?)。小さな映画館で観たせいか売り物の“爆音”はさほどでもなく、塚本晋也一流の映像世界に酔う71分間といった印象。

どこまでもインディペンデント。鉄の塊へとメタモルフォーゼ(映画の中ではトランスフォームと言っていたが私の趣味ではこっちの語を選びたい。根拠はない)する主人公の肉体。まずは異形の者への偏愛ぶりが魅力なのだろうが、並置される女優たちの腕や脚のなまめかしさも際立ち、なかなかに官能的。

東京を舞台に描かれる、兵器へと変貌する宿命を背負った白人男性アンソニーの苦悩。「TETSUO PROJECT」はアメリカ軍産学複合体や日米安保体制の象徴か。この映画が、普天間問題に揺れた2010年の日本で公開されたのも運命的かも。

6月13日@シネマスコーレ

新宿梁山泊『ベンガルの虎』2010年06月26日 22時41分09秒

昨夏に観逃した『ベンガルの虎』の再演、今回は聖地・花園神社での上演とあって駆け付けた。過去に花園での紫龍テント公演があった『吸血姫』(2002年)『唐版・風の又三郎』(2003年)は大阪(2002年/2004年)で観たので、私には初めての唐+梁山泊@花園ということになる。

『ベンガルの虎』は大日本帝国の南洋幻想を下敷きにした物語。二度の休憩をはさんで3時間を超える大作。1973年の若き劇作家・唐十郎のイメージが奔流のように渦を巻く。激しくのたうつ大蛇のようこのな戯曲を完全にねじ伏せるところまではいかないが、状況劇場出身の十貫寺梅軒(本作初演時のバングラデシュ公演にも参加している!)や奈佐健臣らの助力を得て、梁山泊の若い役者たちが奮闘する気持ちのいい舞台。

『ビルマの竪琴』の“水島上等兵”と共にこの作品の重要な登場人物となるのが村岡伊平次。演出・金守珍は秋元松代作『村岡伊平次伝』を『帝国こころの妻』の外題で上演(1996年)した実績もあるだけに、からゆきさんたちの造形に力がこもる。こういう女性たちを描写する力では師匠・唐十郎を凌ぐのではないか。

ラストシーンで夜空を背景に宙を舞うヒロイン・水島カンナ(演じる役者は水嶋カンナ!?)。28年前、同じ場所での唐芝居初体験(状況劇場『新・二都物語』)を思い出した。

6月19日@新宿花園神社紫龍テント

コクーン歌舞伎『佐倉義民傳』2010年06月27日 17時42分59秒

進化/深化し続けるコクーン歌舞伎に感服した。

5年ぶりの新演目として取り上げられたのは『佐倉義民傳』(通常は『~伝』表記)。近年でもしばしば上演されるが決して人気演目とは言えない地味な作品だ。だが勘三郎&串田コンビは、これを優れて同時代的なものへと転生させた。鮮やかなコクーン歌舞伎マジック。

2009年の『桜姫』南米版/歌舞伎版連続上演の経験も踏まえてのことだろう、今回は脚本自体に大きく手を加えているのが特徴の一つ。マキノノゾミ門下の鈴木哲也が担当した脚本は、お坊ちゃんな領主・堀田上野介と現実主義の実力者=家老・池浦主計の組が鳩山・小沢体制を想起させたり、百姓たちを追い詰める年貢引き上げが今、真っ盛りの消費税論議に重なったりと、現在の日本の政治状況と分りやすくリンクしてリアルタイムな風刺劇の趣。

また、ややもすると説教臭く映りかねない主人公・佐倉宗吾(勘三郎)のカウンターパートとして、新たに駿河弥五衛門(橋之助)というキャラクターを登場させたことも成功。宗吾の言動に鼻白んでいた彼が、やがて非暴力に徹した理想主義者=宗吾の強靭さに感化されていく姿を描くことによって、物語に説得力が増した。

いとうせいこうが作詞したラップを導入したことも◎。奇を衒ったかのように見えるアイデアだが、なかなかどうして、この芝居に見事にはまっている。特にエンディングは、このラップをバネに、宗吾一家の悲劇をあらゆる市民運動、政治闘争へとリンクさせて圧巻。70年代アングラ/小劇場運動の系譜に連なりながらも、あからさまな政治性を示すことの少ない串田和美だが、やはりこうしたパッションはあの時代を生きた者に深く刻み込まれているのだろう。この熱に触れると、あのウェルメイドな手触りの『上海バンスキング』も、その底には猛々しく荒ぶる心が秘められていたようにも感じられる。

6月20日@シアターコクーン

大森立嗣監督作品『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』2010年06月28日 13時55分03秒

青春映画とは、いい年をした大人が現実から逃避して、bitter&sweetなノスタルジーの世界に浸ることを許すものだと思っている。だが、この作品は違う。2010年のこの国で、大人として生きていることの責任を厳しく突きつけてくる。

感情すらも渇き、ひび割れた魂の彷徨。ハツられるコンクリートは彼らを閉じ込める壁というよりも、彼ら自身を象徴しているかのようだ。痛ましいほどに無知で愚かなな青年たち。だが、それは甘えや怠惰によるものではなく、決定的な教育の不足が彼らをそこに追い込んでいる。予告編に添えられた「時代が生んだ私たちの子ども」という惹句が改めて胸に刺さる。

主演の松田翔太、高良健吾も好演しているが、ブスでバカなヒロイン・カヨちゃんを演じた安藤サクラが出色。このところ立て続けに出演作が公開されている彼女の存在が、日本映画に新たな幅を与えているような気がしている。

監督の大森立嗣は麿赤兒の長男、大森南朋の兄だそうだ。吃驚。

6月20日@ユーロスペース