蜷川幸雄演出『ムサシ ロンドン・NYバージョン』2010年06月07日 00時00分08秒

井上ひさしが蜷川幸雄に書き下ろした最初で最後の作品『ムサシ』。2009年に初演された舞台が早くも再演。しかも海外公演つき。5月初めのロンドン公演を終えたカンパニーがひとまずさいたまに凱旋し、この後、ニューヨークへ飛び立つ。二大巨匠の冒険だ。

だが、その舞台を待つことなく、この4月に井上ひさしは逝った。予期せぬ追悼公演。彼は自分が書いた作品でも初日以降は当日券売り場に並んだのだそうだ。稀代の台本作者の魂魄はロンドン~さいたま~ニューヨークの旅に寄り添っているに違いない。

初演は開幕直前にホンが仕上がるという状況下ながら、選び抜かれた言葉ととびきりの俳優たち、さらに情熱あふれる演出家の腕力で実に面白い舞台になっていたが、再演はさらに熟成されて大満足。藤原竜也の武蔵は一段と堂々としたものになったし、佐々木小次郎役に挑戦した勝地涼も「痩せた野良犬のように」という蜷川の注文に応える健闘。初演時は白石加代子に必死でくらいついていた鈴木杏、今回は自らの足で立った印象で立派。六平直政も飄々とした愛嬌で新たな沢庵を造形。吉田鋼太郎、大石継太も含め、俳優陣の魅力は初演に勝るとも劣らない。だ、がこうした役者の個性がいい意味で後景に退き、作品そのものの魅力が一段と際立ったのも今回の特徴だろう。このカンパニーが作者へ捧げる敬愛が全編に深く染み渡っている。

再演なのでネタばれも許されるだろうから書くが、この物語で武蔵・小次郎に再戦を思いとどまらせるのは死者たちである。作者がどんな思いで書いたかは知らず、今、井上ひさしはまさにそうした死者たちの一人として私たちに語りかけてくる。「殺すな」「殺されるな」。ストレートなメッセージに心揺さぶられる。

5月29日@彩の国さいたま芸術劇場大ホール

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