蜷川幸雄演出『オレステス』2006年10月01日 00時06分35秒

今回の上演のための山形治江新訳本の帯に「テロリスト・オレステスの悲劇」とある。誰がつけたか知らないが、馴染みの薄いこのギリシャ悲劇を今、上演することを選んだ蜷川幸雄の狙いを的確にとらえた、優れた惹句である。

アポロンの神託に従い、母クリュタイムネストラを父アガメムノンの仇として殺害したエレクトラとオレステス――、『エレクトラ』の後日譚であるこの物語では、悲劇の姉弟は母親殺しの犯罪者として迫害され、死刑に処されようとしている。頼みの綱だった叔父メネラオスにも裏切られた二人は運命に抗い反乱へと向かっていく。

復讐の連鎖という、普遍的でかつ最も今日的な主題に切り込む蜷川。この舞台が戦争の終わらない世界を見据えたものであることは終幕の演出からも明らかだが、同時に、正義と信じた闘いの果てに市民社会から弾き出された若者たちが、さらなる凶行へと向かう痛ましい姿には、60年代の政治闘争に傷つき倒れた者たちの姿を再び重ねずにはいられない。罪なきヘルミオネを人質に取ったオレステスたちは、浅間山荘に立てこもった連合赤軍である。

メインキャストを演じる若い三人が、ギリシャ悲劇を生々しい現代演劇として観客に突きつける演出に応える。オレステスに藤原竜也、“嘆きの姉”エレクトラを演じた中島朋子も出色。二人とともに闘う友人ピュラデス役の北村有起哉は何をやらせても達者なところをみせる。蜷川組の重鎮・吉田鋼太郎、瑳川哲朗、若手の横田栄司、田村真のはたらきもいい。

役者の力を信じたゆえか、美術も含めたビジュアル面の演出は控えめ。断続的に舞台に降り続く雨は過酷に過ぎる気もしないではないが、あくまでも厳しい舞台であることを望んだということなのだろう。

9月23日@シアターコクーン